大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成4年(ワ)4463号 判決

原告

中村功

ほか一名

被告

小西俊也

主文

一  被告は、原告中村功に対し、金三一〇万一四一四円、同安川順子に対し、金三一〇万一四一四円及びこれらに対する平成四年六月八日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その七を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告中村功に対し、金一一二三万二六六円、同安川順子に対し、金一一二三万二六七円及びこれらに対する平成四年六月八日から各支払済みまでの年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  事案の概要

本件は、高架道路を走行中の者が後方から走行して来た普通貨物自動車に跳ねられ、高架下に落下し、死亡した事故に関し、右死亡車の遺族らが右自動車の運転者を相手に自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償を求め提訴した事案である。

二  争いのない事実等(証拠摘示のない事実は、争いのない事実である。)

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)

(一) 日時 平成二年七月四日午前一時五分ころ

(二) 場所 大阪府茨木市玉島一丁目二四番四四号先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 加害車両 被告が所有し、かつ、運転する普通貨物自動車(大阪四一え七〇九、以下「被告車」という。)

(四) 被害者 亡中村力男(以下「力男」という。)

(五) 態様 右日時に本件事故現場である高架道路を走行中の力男に同道路を走行して来た被告車両前部が衝突したもの

2  結果

右衝突により力男は高架下に転落し、外傷性脳出血等の傷害を負い、次のとおり、計五〇日入院し、治療を受けたが、平成二年八月二二日午前四時五分ころ、医療法人祐生会みどりケ丘病院(以下「みどりケ丘病院」という。)において死亡した。

(一) 財産法人大阪府三島救急医療センター(以下「三島医療センター」という。)

平成二年七月四日から同月一三日まで(入院一〇日)

(二) みどりケ丘病院

同月一三日から同年八月二二日まで(入院四一日)

3  相続

原告中村功(以下「原告功」という。)及び原告安川順子(以下「順子」という。)は、本件事故により死亡した力男の子らであり、力男に生じた損害につき各二分の一の割合で相続した(甲第一一ないし第一三号証)。

4  責任原因

被告には、本件事故により生じた損害につき、自賠法三条に基づく損害賠償をすべき責任がある。

5  損害の填補

本件事故により生じた損害につき、富士火災海上保険株式会社から次のとおり、合計一五四五万円の支払がなされている。

(一) 三島医療センターに対し 一一五万五四三三円

(二) 原告功に対し 七一四万七二八四円

(三) 原告順子に対し 七一四万七二八三円

三  争点

1  過失相殺

(被告の主張)

本件事故現場は、高架道路であり、かつ、本来人が歩行することを予想されていない事実上の自動車専用道路である。右高架道路の左側には歩行者のための側道が設置され、右側道を歩行して行けば、対岸に行けるようになつているものであり、右高架道路は、東西道路とも一方通行道路となつており、大型車の通行も多い幹線道路である。右高架道路を自動車が通行する場合、通常、人が歩行しているとは予想できないものであり、まして、本件事故時は、午前一時という深夜であり、天候は雨であつて、昼間、晴天時の場合に比して、見通しが悪かつたことは容易に想像できるものである。かかる状況下において、力男が前記高架道路を歩行することは危険極まりない行為であつて、かつ、右高架道路に右側に設けられていた幅〇・七メートルの路側帯を通行せず、右路側帯から一メートルも高架道路の中央よりを歩行していたものであり、少なくとも六割以上の過失相殺が認められるべきである。

(原告の主張)

本件高架道路は、自動車専用道路ではなく、高架の入口付近に自動車専用道路であるという標識あるいは歩行者の通行を禁じる旨の立て札があるわけでもないから、付近の地理に詳しくない者が高架を登つて行くことは十分に予想される場所である。右高架道路の左側(北側)には歩行者のための側道が設置され、その側道を歩行して行けば、対岸に行くことは可能であるが、右側道は、高架道路のスロープの入口の相当奥に位置しており、右入口からは右側道の存在を認識し得ない状態となつている。また、本件道路は、片側一車線の道路であり、幅員は、路側帯を入れても五・七メートル程度しかなく、幹線道路には該当しない上、本件事故当時は車両の交通も閑散としており、力男にとつて高速で車両が通行する道路であると認識できない状態にあつた。しかも、本件道路の現場付近は、路上に設置された水銀灯のため周囲が明るく、当時降つていた雨もにわかに降つてきたものではない。力男は、路側帯上で被告車に跳ねられたものではないが、本件道路中央を通行していたわけでもない。したがつて、力男の過失割合は、被告と比較し小さいというべきである。

2  損害額全般

被告は、力男は、元町会議員であつたものの、本件事故当時は無職であり、悠々自適の生活をしていたものであり、就労の可能性も乏しかつたから、休業損害及び過失利益は認められないと主張する。

第三争点に対する判断

一  過失相殺に関する判断

前記争いのない事実に加え、後掲の各証拠によれば、次の事実が認められる。

1  本件事故現場は、別紙図面のとおり、市街地にある本件道路、すなわち、府道十三高槻線東行高架道路東行車線(幅員三・五メートル)にあり、同道路の東側には幅〇・七メートルの路側帯があり、さらにその東側に高さ一メートルの側壁が設置されている。本件道路は、制限速度時速四〇キロメートルであり駐車禁止である。本件道路の路面は、アスフアルトで舗装され、東に向かい一〇〇分の五の昇り勾配となつており、本件事故から約四〇分後に実施された実況見分の際、同道路のアスフアルト路面は雨で濡れており、交通量は五分間に一八台、周囲の水銀灯のため本件事故現場付近は明るく、約九〇メートル離れた人影を視認することが可能であつた(乙第六ないし第一〇号証)。

被告は、平成二年七月四日午前一時五分ころ、被告車を運転し、帰宅途中、本件道路にさしかかり、時速五〇キロメートルの速度で西進中、同道路の東側路側帯から約一メートル離れた車道部分にいた力男を約六・七メートルの至近距離で発見し、アクセルから足を離したが、制動措置を講ずるいとまもないまま同人を高架下に跳ね飛ばし、死亡させ、その後約一三〇メートル程走行して、停止した。

2  以上の認定事実をもとに、力男と被告の過失割合を検討する。

本件道路は、高架道路であり、人が通行することはまれであつたとはいえ、自動車専用道路ではなく(なお、幹線道路と認め得るに足る証拠もない。)、人の通行を予測することが不可能とまではいえなかつた上、本件事故当時は雨であつたが、同事故から約四〇分後に行われた実況見分の際、視認可能距離を測定したところ約九〇メートルもあつたにもかかわらず、被告は、日頃、人は本件道路の左右にある階段・陸橋等を利用し、本件道路を歩行することはまれであつたことから、歩行者はいないものと軽信し、前方注視不十分のまま制限速度時速四〇キロメートルの本件道路を時速約五〇キロメートルの速度で進行した過失がある。他方、力男は、当時六三歳の老人であつたところ、夜間、事実上人が往来することのまれな高架道路上の(路側帯から約一メートル離れた)車道部分を歩行していた過失がある。

両者の過失を比較すると、夜間であり、本件道路を人が通行することはまれであつたとはいえ、約九〇メートル前方からの視認が可能であつたにもかかわらず、六・七メートルに近接するまで力男を発見しなかつたのであり、力男が老人であること、雨の中、制限速度も若干超過していたことなどから、被告の過失割合の方が大きいと考えざるを得ず、本件事故の発生に関する力男の過失は三割と認めるのが相当である。したがつて、後記損害額から右割合を相殺控除すべきである。

二  損害

後掲の各証拠によれば、次の事実が認められる。

(力男に生じた損害について)

1 治療費(原告主張四四五万六四八三円) 四四〇万七〇三三円

力男は、本件事故後、平成二年七月四日から同月一三日まで大阪府貴島救急医療センター(以下「三島センター」という。)に入院し、治療を受け、一一五万五四三三円の治療費を負担し(甲第二号証)、その後、同日から同年八月二二日まで医療法人祐生会みどりケ丘病院(以下「みどりケ丘病院」という。)に入院し、治療を受け、三二五万一六〇〇円の治療費を負担したこと(甲第四号証)が認められる。したがつて、本件事故により生じた治療費は、右合計額である四四〇万七〇三三円となる。

2 入院雑費(原告主張六万五〇〇〇円) 六万五〇〇〇円

本件事故後、力男が平成二年七月四日から同月一三日まで三島センターに、それぞれ入院(合計五〇日)したことは当事者間に争いがないところ、右入院中、雑費として一日当たり一三〇〇円が必要であつたものと推認される。したがつて、その間の入院雑費は、原告主張の六万五〇〇〇円を要したものと認められる。

3 休業損害(原告主張四三万七五〇〇円) 四二万七四八八円

力男は、昭和二四年四月二八日生まれの男性(本件事故当時六三歳)であり、小学校卒業後、就労し、養豚場での被用、砂利の採石・販売、不動産・レストランの経営、町会議員等の仕事を経て、本件事故当時は、定職はなかつたものの、町会議員としての実績をかわれ、相談に応じ、謝礼を受けるなどしていた(甲第六、七号証)。

本件事故の年である平成二年の賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・小学・新中卒・男子労働者の六〇歳から六四歳までの平均賃金が三一八万五一〇〇円であることは当裁判所にとつて顕著な事実であるところ、同人の本件事故当時の労働能力を評価すると、右金額を下まわらないものと解するのが相当である。したがつて、事故日である平成二年七月四日から力男の死亡の前日である同年八月二一日までの休業損害を算定すると、次の算式のとおり四二万七五八八円(一円未満切り捨て、以下同じ)となる。

3185100÷365×49=427588

4 過失利益(原告主張九二五万一五五〇円) 五六七万五八四八円

前記認定事実によれば、力男は、本件事故当時、六三歳の独身の男性であつたところ、本件事故当時、三一八万五一〇〇円の年収を得ていたものと推認されるから、就労可能と見込まれる満六七歳に至るまで少なくとも右と同額の年収を得ることができたものと推認される。

したがつて、力男が独身であつたことを考慮し、生活費として五〇パーセントを控除し、ホフマン方式を採用して中間利息を控除すると、次の算式のとおり五六七万五八四八円となる。

3185100×(1-0.5)×3.564=5675848

5 慰謝料(原告主張二〇七〇万円) 一八五〇万円

本件事故の態様、力男の受傷内容と死亡に至る経過(特に、五〇日間にわたり入院治療を受けていたこと)、同人の社会的地位、年齢及び家庭環境等、本件に現れた諸事情を考慮すると、慰謝料としては、一八五〇万円が相当と認められる。

(以上の損害小計二九〇七万五四六九円)

(原告らに生じた損害について)

6 葬儀費用(原告主張一〇〇万円)

本件に現れた諸事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用としては、一〇〇万円をもつて相当と認められ、原告らは、同費用を均分に負担したものと認められる。

(以上の損害小計三〇〇七万五四六九円)

三  過失相殺及び既払い

前記認定のとおり、前記損害小計三〇〇七万五四六九円のうち、その三割は過失相殺により控除すべきであるから、同割合で減額すると残額は二一〇五万二八二八円となる。

本件損害につき、一五四五万円が補填されていることは当事者間に争いがないから、同額を控除すると、残額は五六〇万二八二八円となる。

四  相続

前記認定によれば、原告らは、力男に生じた前記損害のうち各二分の一を相続により承継取得し、また、前記葬儀費用につき各二分の一を負担したことになる。したがつて、過失相殺、損益相殺後の損害額の小計は、各原告につき、各原告につき二八〇万一四一四円となる。

五  弁護士費用

本件の事案の内容、審理経過、認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としての損害は三〇万円が相当と認められる。

各原告の前記損害小計二八〇万一四一四円に右三〇万円を加えると、損害合計は、各原告につき三一〇万一四一四円となる。

六  まとめ

以上の次第で、原告らの被告に対する請求は、各三一〇万一四一四円及びこれに対する本訴状送達の翌日である平成四年六月八日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれらをそれぞれ認容し、その余の理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大沼洋一)

別紙 〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例